私の母の実家は、明治生まれの曽祖父母の代から名義を書き換えていない土地がある。

母の実家は田舎で、しかも点在して土地を持っていたものだから、土地一つ一つの管理が普段から疎かだった。

更に家族は、メインの仕事である農作業と鞄作りの内職で、名義書き換えまで全く頭が回らず、つい最近まで放置状態だった。

書き換えの際には、皆さんご存知の通り、親族の印鑑が必要だ。

だが、私達の場合は、東京暮らしの母の姉を訪ねる為に、遥々東京まで出掛けて行った。

実は母の姉は、実家の家族と折り合いが悪くなり、家族や他の親戚に見つからない場所に移り住んでしまったのだ。

何の連絡もなく、次々と居所を変えるものだから、母も私も困り果てていた。

頭に血が上り易い気質と、ジプシー暮らしに憧れる気質とが相まっている母の姉だ。

言葉選びを慎重にしなければ、また直ぐに見つからないように引っ越してしまう。

何とか居所を掴んで連絡と訪問をしようと思うが、それ以前に言葉選びだけで疲れてしまう有様だ。

根本的に遡れば、最初に折り合いが悪くなり、彼女が出て行った時に、私達家族は名義書き換えのことまで意識が回っていなかった。

勿論、喧嘩のたどたどしい雰囲気の中で、名義の話をするのは筋ではなし、誰の所有にするかということで更にもめるかもしれない。

喧嘩の際には、決していい話題ではないだろう。(私から見て)伯母は、更に短気な性格である。だから、更にもめるかもしれないと我々他の家族が思うのは尚更だ。

東京を奔走し、慎重な言葉選びで、やっとのことで名義書き換えの為の印鑑をもらった。ここで得た教訓は、常に未来の事を想定しておく、ということだ。

私達は、彼女の居所が分からなくなった後に、いざ名義を書き換えようと思い立ったことを、後悔してしまった。

たとえ家族であろうと、相手の気質を変えようとすることは現実的ではない場合が多いだろう。

究極的な解決策だが、特に伯母のような性格の場合、相手の機嫌がいい時に話をするのがよいかもしれない。(誰の名義にするかは別としても)土地の名義についての話題を持ち掛けて、家族同士で深く話し合うことが必要だと分かった。

家族同士のコミュニケーションとして、後から伯母のように音信不通になってしまわない為にも、コミュニケーションは重要な鍵だ。

勿論、名義以外の話もしながら、互いに歩み寄って分かり合うことが、予め喧嘩を防ぐ秘訣だろう。一週間に30分だけでも、この習慣があるのは望ましいだろう。

私達の場合は、実際にこの自作のルールに則り、話し合いを欠かさない努力をしている。この教訓が皆さんのお役に立つことを願いたい。